「常識が通じない」マツダの世界戦略

ITmedia ビジネスオンライン        池田直渡(いけだなおと)

京免 史朗さんの写真

マツダの世界戦略について書くのは難しい。そもそも、そういう文脈でマツダの人と話しても、話が噛み合わないのだ。マツダが世界のどこでビジネスを伸ばし、どんな規模の会社になろうとしているのかを問うと「笑顔になれるクルマを作ることなんです」と答えが返ってきた。

仕方がないので質問を変える。マツダは比較的欧州に強い。それもドイツを中心とした北方だ。南方はどうするのか、東欧圏はどうしたいのか、そのあたりの 戦略はどう組み立てるのか――。そう聞いて返ってくるのは「マツダは小さい会社です。2%の人に満足してもらえるクルマを作り続けられるように、理想を追 求していきます」。

煙に巻こうとして言っているわけでないのが表情で分かるから性質が悪い。「マツダという会社がどうやって人の役に立てるかを考えています」なんて青年の主張みたいなことを、不惑もだいぶ過ぎたようなおっさんが熱弁するのだ。

●美しい言葉の裏側

正直なところ書き手泣かせだ。「笑顔になれるクルマ」「2%のファンのための理想追求」「人の役に立つ製品作り」。言葉が美しすぎて上滑りしてしまう。 社訓や社是みたいな美談が聞きたくて取材しているのではない。リアルなビジネスの話が知りたいのだ。ところが、これが本当にビジネスの話だからマツダには 常識が通用しない。

頑固なラーメン屋のオヤジの話なら分かる。「笑顔になれるラーメン」「ファンを裏切らない理想のラーメン」。ラーメン屋は「人の役に立つ」とは言わない かもしれないが、喜んでもらうという意味なら人々の生活を豊かにする役に立っているだろう。オヤジの心意気は美しいと思う。しかし、こういう認識で売上高 3兆円、純利益1600億円の自動車メーカーとして存在しているということは驚異である。

結論から言えば、マツダは商業としての目標を持っていない。だからマーケティング的なビジネス戦略を聞いても無駄なのだ。そこに達していないのではなく、かつての失敗でそういう目標の立て方に徹頭徹尾懲りてしまったのだ。

マツダは1990年代に国内販売100万台を目標に、販売チャネルを5つに増やし、区別がつかないほどの大量の新型車をリリースした結果、倒産の瀬戸際 まで追い込まれた。社員の一人一人が「Change or Die」、つまり変革か死かという研ぎ澄まされた刃物を首筋に突きつけられたような言葉で、今までの価値観を捨て去ることを求められた。実際、早期退職も 募られた。毎日のように見知った顔が職場から消えていく。経験者にこの話を聞くと、心の底からこりごりしていることが分かる。

Change or Dieは「知の巨人」とも「マネジメントの父」とも言われた経営学の大家、ピーター・ドラッカーの言葉だ。座右の銘にしている経営者も多いが、これほどまでのリアリティで、全社員がその言葉を真剣に受け止めた例をほかに知らない。

以来、マツダは販売台数を数字作りで考えない。やるべきことをやった結果が数字になるだけだ。「僕の後ろに道はできる」という高村光太郎みたいな話なのである。

001-2016-mazda-mx-5-miata-1

●世界一のクルマの定義

なので、筆者からのお願いだが、これから出てくる数々の美談みたいな物言いを、マツダの社員が寝ても覚めても本気で考えているのだという「あり得そうも ない」ことを受け止めてほしい。「世界の平和を願う中学生」くらい純粋にそう考えており、そう考えない人を不思議がり、なおかつその実現に向けては大人の 手練手管を使っていたりする。あまりにも分かりやすくて分からない。それがマツダの世界戦略なのだ。

「マツダの世界戦略は世界一のクルマを作ることです」。

いちいち突っ込みたくなるが、そうしていると話が進まないので、そのままに受け取ろう。ではその世界一とはどういう定義なのか。マツダは1000万台ク ルマを売ってトヨタやフォルクスワーゲンを抜きたいとは微塵も思っていないはずだ。では一体何なのか。マツダの定義でいえば、それはフィーリング。「操作 感」とか「加速感」とか「軽快感」に世界一優れていることだ。

分かりにくいかも知れないが、それは極めて特殊なことだ。普通は、操作感でいえば、ステアリングギヤボックスのギヤ比がいくつだとか、加速感でいえばゼ ロヨン、つまり静止から400メートルを何秒で走りきるとか、そういう数値に置き換えた定量的な評価をするものだ。最近の例でいえば、ホンダの「シビック Type R」は、その開発目標にニュルブルクリンクの北コースで「FF車世界最速」をとることが組み込まれていた。そこにユーザーは不在だ。大勢の人間が開発に携 わるのだから、目標があいまいだと着地点が定まらない。だから目的を数値化して単純化する。なのにマツダはそういう数値設定をしない。

例えば「ロードスター」というクルマがある。これは車両重量が1トンを切ったことでクルマ好きの喝采を浴びたわけだが、マツダは1トンを切ることを目標 に置いていない。「ロードスターに乗って笑顔になれること」という文学的テーマが開発目標なのである。それを素因数分解していったときに初めて「重量はい くつか」という設定数値が出てくる。だから1トンは目標達成の手段であって目標そのもの

ではない。

●理想を形にする現場

それは具体的にはどう違うのか。例えば、エアコンを外してしまえば数十キロの軽量化はすぐできる。開発目標が1トン切りにあるならそれも1つの選択肢に なる。しかし、「ロードスターに乗って笑顔になれること」が開発目標ならば、乗り手に我慢を強いるようなやり方はあり得ない。

設計とは相反するいくつもの要素を慎重に検討して、最良の妥協点を見つける仕事だ。妥協点の設定のためにはコアになる揺るぎない価値が必要だ。「それは 重量じゃない。究極的な目的は笑顔にある」とマツダは定義したわけだ。それは設計の際に次々と現れる数々の要素にプライオリティをつけるとき、明確な原則 として機能する。

一見数値で指定した方が揺らがないように思えるかもしれないが、そうではない。例えば上述のシビックが「ニュルFF最速」というタイム目標と引き換え に、500万円のクルマになってしまったことは、誰もが手軽にスポーツ走行を楽しめる「FFホットハッチ」という共通認識を数値には盛り込めなかったから である。おかしな暴走に陥りそうなとき、基本に回帰することができなくなる。

だからマツダの世界戦略は、ユーザーの笑顔を作ることにあり、そのためのフィーリングとはどうなるべきなのかをとことん科学することで数値化していくの である。ロードスターのトランスミッションは外見がツルンとしている。普通はこんな形になっていない。リブと呼ばれる補強の桟が縦横に走り、ケースの剛性 を担保する。

ミッションとエンジンがそれぞれ十分に剛性があることと、相互にがっちり締結されていることは騒音と振動、操作のダイレクト感のために極めて重要だ。そのために普通はケースの肉厚を厚くし、必要な場所にリブを立てるのだ。

しかしそれでは、スペース的にも重量的にも「笑顔になれるロードスター」を実現するものにならない。軽くなければ笑顔になれない。だから二律背反するこの強度/剛性と重量をどちらも妥協せずにブレークスルーすることが必要だったのだ。

コンピュータを使って応力解析すると、トランスミッションケースのどこにどれだけ肉厚が必要で、どこに必要ないかが分かった。形にすると、それは古木の ひねこびた根っこのようなものだった。設計者はそのデータを持って生産技術部門に行く。実はこのミッションケース、表面こそツルツルだが、その実最適形状 を取るために肉厚が三次元で変化している。縦の断面も横の断面も斜めの断面も肉厚が連続的に変化するという凄まじい形状なのだ。

これを見て「ああ、こんな鋳造なら任しておけ」という生産技術担当がいたら会ってみたい。設計者がもらった言葉は「バカか!」だったという。そこからは 膝詰めだ。ロードスターはどういうクルマでなくてはならないのか、そのためにどうしてこれが必要なのかを決着が着くまでとことんやったのだという。生産技 術部も同じくChange or Dieを生き抜いてきたので、そこに筋が通っていると分かれば、与えられた課題以上の答えを返すつもりでやる。設計者が「世界一のクルマを作る」というの は百歩譲ってあるとしても、工場長が取材陣に向かって「世界一のクルマを作る」と宣言するのを聞いたのは初めてだ。

こんなやりとりは身内でなければ絶対にできない。サプライヤーは受注契約のときに必ず仕様書を求める。責任の範囲を明確化するためだ。しかし仕様書に 「笑顔になれるトランスミッション」とは書けない。全ては数字で表すのだ。だからサプライヤーを使う限りマツダの世界戦略は実現できない。マツダがこの時 代に内製にこだわる理由はそこにある。コストを考えれば大量生産するサプライヤーの汎用品をカスタマイズした方が安いに決まっているが、それはマツダの求 める部品ではなく、マツダの世界戦略に合致しない。大して数がはけるわけではないロードスター用の縦置きFR用マニュアルトランスミッションが、山口県防 府市の自社トランスミッション工場で、素材から製品まで一気通貫して作られる理由はそこにある。

マツダの言いたいことをだいたい理解した上で筆者はもう1つ疑念をぶつけた。笑顔戦略は分かったが、財務の人たちはそれをどうやって共有しているのか。

「ですからね。財務の人のところに図面を持って行くんです。今度のクルマこうこうこういうものになったら素敵だと思いませんか。すると提案がちゃんとし ていれば彼らは同意してくれるんです。つきましてはこれだけコストがかかります。そうやって理解してもらって予算をつけてもらうんです」。

●マツダの起業家精神

こういう絵柄の全体を見ると、やっていることは起業に近い。理想を掲げ、そのために必要な協力を1つずつプレゼンによって獲得していくスタイルだ。それは多くの社長が夢に描きながら実現できない「全ての社員が起業家であれ」という形を具現化したものに見える。

一度地獄の釜のふたの向こうを見たマツダは、自分の信じる世界一のクルマを作ってさえいれば、世界自動車戦争を生き残っていけるという確信を持ってい る。同時にその原則を踏み外せば再び地獄の釜のふたが開く恐怖もまた知っている。彼らが台数ベースや地域ベースの戦略を絶対に口にしないのは、恐らくそう いう背景があるからだと思う。

マツダがやっている何か異常なことに、トヨタが気が付いたらしい。提携に先駆けてトヨタの豊田章男社長自らがマツダを視察に来たことを指して、あるマツダマンはそう言った。「数年前までトヨタにとってマツダの存在なんて無いも同然だったんですけどね」。

何かに気が付いたことはさすが

トヨタだと思う反面、マツダと同じことがトヨタにできるとは思えない。トヨタの戦略はいつも科学的で効率的だ。スマートな エクセレントカンパニー。それが彼らのプライドの持ち方だと思う。しかし、マツダの設計者は技術説明会場で、自分が設計したトランスミッションの前で四つ ん這いになって、ここがあそこがと呆れるほどに熱心に自分の設計がどう笑顔につながるのかを説明し続けた。トヨタにこんな人がいるのだろうか?

そういうクルマバカみたいな人は、業界全体に減っている。いい大学を出て、エリートの就職先として霞ヶ関やメガバンクと比較しながら自動車メーカーに就 職する。クルマに興味がなく、運転免許すら持っていないという人がクルマ作りの内側にいることにもはやいちいち驚かなくなった。

マツダの技術者の熱弁は、聞いていてとても面白かったが、細かすぎて恐らくほとんどが記事にはなるまい。しかし文字にはならなくても、その技術的こだわりや技術者としてのプライドは、おそらく筆者の文章にも影響を与えているだろうと思う。

マツダの戦略はつまるところ「いいものを作れば売れる」ということだと思う。普通に考えれば、それは落第点の戦略だと思う。しかし、それをとことん突き詰 めれば他社が真似できない戦略になるのかもしれないと、今回筆者は感じた。それは「数の拡大を目指さない」という原則とセットになったものだし、何よりも 作り手の指す「いいもの」に製品としての説得力がなければならない。ただそういう条件設定の中では1つの戦略として成立しているように思う。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。