「世界でもっとも影響力のある50人」に選ばれたレイ・イナモトさんが考える「日米の働き方」と「アメリカで起業すること」

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「広告業界のイチロー」という異名をとる人物を知ったのは、2017年5月にニューヨークで行われたテックイベントでした。登壇した日米の起業家ら14名の中でも、ひときわ異彩を放っている日本人こそが、世界でもっとも注目されているクリエイティブディレクター、レイ・イナモト氏だったのです。

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2017年5月、ニューヨークのMicrosoftで行われたテックイベント「If Conference」に登壇したイナモト氏。
Photo: Albert Cheung

イナモト氏はこれまで、Forbes誌やCreativity誌で「広告業界でもっともクリエイティブな25人」「世界でもっとも影響力のある50人」に選ばれるなど、受賞歴は多数。1年半前にニューヨークで起業し、トヨタ、ユニクロ、サザビーズなどのクリエイティブディレクターとして世界的企業のブランディングを手がけています。このように今では高い評価を受ける同氏ですが、そのテックイベントでの講演によると、これまでかなり苦労を重ねてきたとのこと。

もっと話を聞きたいと思い、後日ニューヨークにあるオフィスを訪問。世界の頂点に立つイナモト氏が考える「日米の働き方」や「アメリカで起業すること」について、うかがってみました。

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1年半前にブルックリンに創業した「Inamoto & Co.」のオフィス。

レイ・イナモト(Rei Inamoto)

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東京都出身、ニューヨーク在住のクリエイティブディレクター。スイスの高校を経て、アメリカのミシガン大学で美術とコンピューターサイエンスを専攻。卒業後の1997年、日本に帰国し、Noriyuki Tanaka Activity社に就職。98年に再渡米し、99年にニューヨークの大手デジタル・エージェンシー、R/GA社に転職。2004年から15年まで欧米大手のAKQA社でGoogle、Nike、Audi、Starbucksなど、グローバルブランドのデジタルマーケティング戦略を担当。08年より同社のクリエイティブ最高責任者、CCOに就任。15年に退職し翌16年2月、ビジネス・インベンション・スタジオ「Inamoto & Co.」を設立。

日米の働き方の違い:「決めてコミットすることが大事」

── 先日のテックイベントの講演で、初めて就職した日本の会社での経験を「最高で最低だった」と話していたのが印象的でした。

イナモト:そうですね。クリエイターのタナカ・ノリユキさんの元で修行させていただきました。経験、そして刺激という意味では最高だったと思います。「最低」と言うとかなり語弊があり、失礼だとは重々承知なのですが、週4~5日は徹夜をするなど、労働時間はひどかったですね(苦笑)。朝11時に出社して帰宅は翌日の朝8時、帰ってシャワーを浴びて仮眠をとり、また昼ごろに出社、というような毎日でした。72時間寝ずに仕事をしたこともあるとおっしゃっていた先輩もいました。

日本の広告業界全体でもう何十年もずっと、このような異常な働き方がまかり通っていて、僕が日本で働いた90年代後半は、そのようなご時世の真っ只中。「仕事は好きだけど、この働き方を続けるのは無理ではないか」と感じていました。

それから、日本でもおもしろい作品はいっぱい出ているけど、高校でスイスに、大学でアメリカに出たのに、日本に引きこもっちゃうのは早いかなというのも感じていました。せっかくなら、世界のトップを争うような大都会で働きたいな、と。それで退職し、大学卒業で得たOPT(企業での実地研修)を利用してニューヨークに来ました。

── 就職先はすぐ見つかりましたか。

イナモト:6カ月ぐらい決まらなかったです。レジュメ(履歴書)を毎日いろんな会社に送っては返事を待つの繰り返し。全部で数百枚は送ったと思います。

── その甲斐あって大手デジタル・エージェンシーに就職が決まりましたね。でも最初は、複雑なデザインコンセプトを英語でクライアントにうまく説明できなかったと講演でおっしゃっていました。

イナモト:そこで言葉の壁にぶつかりました。でも自分なりにたどり着いた解決策は、いかに込み入った内容でも、10歳ぐらいの子どもでもわかるシンプルな言い方で説明すれば理解してもらえるということでした。当時の自分の弱点が今の強みになっているし、誰でも弱みを強みに変えることができると学びました。

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「今は生活のほとんどが英語のため、英語による会話の方が楽」と語る。

── 日米で働いて、働き方の違いを感じることはありますか。

イナモト:ありますね。でもそれに関連した話で、「働き方」とは少し違いますが、最初にこれをお伝えしたいと思います。最近日本の方によく相談されることは、「東京オリンピックに向けてどうしたらいいか」ということなのですが、それよりもっと重要なのはその後だと私は思っています。実際、2020年以降どうしたらいいか戸惑っている大企業がたくさんあるんです。前回の1964年と状況がまったく違って、今回はオリンピックで日本の経済が良くなるという保証はまったくないわけです。

そこで、日本の企業や社会が今後やっていかなければいけないと、僕なりに考えたことが4つあります。

  1. 年功序列をなくす
  2. 男尊女卑をなくす
  3. 英語教育に力を入れる
  4. 決断してコミットする

── 1と2は文化的な背景がからんでいるので、なかなか難しい問題ですね。

イナモト:日本語には敬語がありますし、先輩後輩という文化もありますからね。だからといって、不可能なことではないと思っています。トップの人がどういう決断をするかにかかっています。ユニクロみたいにグローバルにどんどん伸びている会社を見ると、年功序列にこだわっていません。若い人でもリーダーになれる会社は少ないかもしれないけど実際存在するので、実現不可能なことではないでしょう。

男尊女卑も同じで、女性をリーダーにすればいいだけのこと。確かに根深い文化だけど、固定観念の問題なので、会社が抜擢してしまえばいいだけです。一番いけないのは、男尊女卑で、自分のエゴや年功序列ばかり気にしている日本のおじさんたち。若い人や女性をリーダーにすれば、日本は変わりますよ。

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── 3については、英語を克服してきたイナモトさんだからこそ、説得力があります。

イナモト:言葉の問題を懸念して海外に出ない人が非常に多いと感じます。でも、モバイルを使っていくらでも勉強できる時代ですから、英語ができないというのはただの言い訳に過ぎません。たとえば、YouTubeを1日30分観て勉強すれば、3〜6カ月ぐらいで基本的なコミュニケーションができるようになると思います。低価格のスカイプレッスンも探せばいくらでもあります。あとはやる気だけです。

── アメリカ人とうまくコミュニケーションをとれず、自信をなくすという話もたまに聞きますが、経験を通して何かアドバイスはありますか。

イナモト:忘れることって大事だなと思います。覚えておかなければいけないこともたくさんありますが、成功も失敗も1日で忘れるのがいいんじゃないかなと、今質問されて思いました。仕事の話でも、よく昔の成功話を繰り返す人がいますが、本当に伸びる人って前しか見ていなくて、成功しても1日で忘れると思うんですよね。失敗も同じ。クヨクヨしても解決しないし、次に失敗しなければいいだけのことですから。

── 4の「決断してコミットする」とは、どういう意味でしょうか。

イナモト日本人ってなかなか物事を決めないんですよ。ここが特に「日米の働き方の違い」ってことなんですが、一昔前にアメリカで読んだ記事に、「日本人ビジネスピープルにYes or Noの質問をしたとき、どんな答えが返ってくるか」と書かれてありました。何て答えると思いますか?

返ってくるのは「or」なんです。だから日本人とはビジネスしにくいよねっていうジョーク混じりの記事でしたが、確かに的を射ていると思いました。決めたがらない根本に何があるかというと、決めて間違えるのが怖いから、自分の責任にしたくないから、決めずにコミットしないんです。それでは物事が進まないはずですよ。

ユニクロの柳井社長と話して思うのは、「決断してコミット」される方なんですよね。やってみないとわからないことっていっぱいあるから、間違っていてもとにかくやってみることが大事です。

── 今出てきた4つのことは、日米で働いてきた経験から学んだのですか。

イナモト:そうですね。偉そうなことを言っていますが、海外でずっと仕事をしてきた経験に基づいています。柳井さんのような日本のトップの経営者が言うともっと影響力があるでしょう。でも手前味噌ですが、僕なりに世界を見てきて感じたことなので、ただの思い込みではないと思います。

── 日本で過労死が問題になっています。過去のイナモトさんのように、仕事に押しつぶされている人もいますが、何か思うことはありますか。

イナモト:とにかく世界に目を向けてほしいです。僕が駆け出しのころはインターネットなんてなかったけど、今はモバイルからすぐに世の中とつながる時代。自分の手元で発信することが国境を超えて伝えられるようになったわけですから、グローバルを常に意識してほしいですね。

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元倉庫をリノベートした、ミニマルなデザインの会議室。

アメリカで起業すること:「最大の影響力のあるもっとも小さな会社」

── 大手エージェンシーでCCOとして活躍していたのに、退職し起業の道を選んだきっかけは何だったのでしょうか。

イナモト:ミッドライフ・クライシスからというのはよく冗談半分で言うことですが…もっと真面目な答えだと、定年で引退するころにどういう気持ちになりたいかという自問からでした。本当に満足した生き方にたどり着く道を、いくつか考えました。

前のエージェンシーでの仕事は給料面も良くいろんな世界を体験させてもらい、贅沢で素晴らしい生活だったので、選択肢の1つはずっと続けていくことでした。2つ目の選択肢は、別のエージェンシーに転職すること。3つ目は、最近この業界でよくある、大企業にヘッドハンティングされてクリエイティブのトップになるケース。友人がたくさんその道に進んで安定しているんですが、自分が60歳になっときにそれで精神的に満たされるかと考えたら、答えは「No」だったんです。あまりにも安定した未来が見え過ぎている道のりはつまらない、人生がもったいないと思いました。友人に話したら「やっかいな性格だね」って笑われたんですが(笑)。とにかく、自分で新しい道を切り開き、失敗するかもしれないけどトライしてみてどこまでいけるか、体力があるうちに試そうと思ったのです。

── 起業家は抱えるプレッシャーやストレスが多くありませんか。

イナモト:起業する前はそうかなと思ったんですが、企業の中の会社員として働くのとそんなに変わらないですね。逆に企業の歯車の1つとして働いていて、特に自分が行きたくない方向で動いている時の方が、ストレスレベルは高いんじゃないかな。起業家だと運命は自分にかかっているので、運命もストレスも自分でコントロールできるのがいいです。

── 会社で導入しているユニークな待遇はありますか。

イナモト:バケーション休暇の日数は、社員各人に自分で決めてもらっています。常識の範囲内でってことになっていますが、だいたい長い人で2~3週間とっています。

また、リモートで働けるのであればどこで仕事をしても良しとしています。最近雇い始めたスタッフも、オフィスに通える人だけではないです。今社員は15人ですが、中には郊外や別の州、そしてカナダのバンクーバーのスタッフもいます。彼らとはビデオ会議を毎日して、コミュニケーションをとっています。

それと、すぐに会社を大きくしたくないので、採用はできるだけ慎重にやっています。会社のあり方として「最大の影響力のあるもっとも小さい会社」が理想です。20世紀の会社って、人の数が多ければ多いほど影響力があるという認識でしたが、今は優秀な人5人集まった方が、中途半端な人50人より断然いい仕事ができますから

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毎週水曜日はランチデー。昼ごはんを一緒に食べながら、スタッフ同士の交流を図る。

── アメリカ人を雇用する立場ですが、アメリカ人と働く上で難しいことはありませんか。

イナモト:ははは、これを言ったら怒られますが、日本人ほど物事を任せられないです(苦笑)。日本人は1~10を依頼したら1~10はもちろん、言われないことも最大限にやってくれるけど、アメリカ人は頼んだ以上のことをやりません。言われたことを最小限にやる感じですね。

── それを10以上に持って行くために何かしていますか。

イナモト:アメリカはもともとチップを目的にサービスを提供する国だから、そういう文化的背景も根本で影響しているとは思いますが、とにかく彼らには何度も何度も「Be tough, not rough」 (雑にせずしっかりね)と言っています。

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── 最後に、最先端のアイデアの源泉についてうかがいます。新しいアイデアのヒントを得るために、日本の企業が海外視察をすることがありますが、ニューヨークに住んでいるイナモトさんご自身はいつもどこから影響を受けているのですか。

イナモト:一言では説明できませんが、シンプルに言うと「情報とひらめき」だと思います。情報を常に吸収しながら頭の中の引き出しに貯めておき、チャンスがあるときにその情報にひらめきを掛け合わせて新しいアイデアを出します。

それと、僕は自分で情報を吸収するというより、周りの人に聞いて勉強するタイプです。今インターネットで情報をいくらでも集められるから、常に情報源のような人っているじゃないですか。僕はそういうタイプではなくて、逆にそういう人たちを周りに置いて、聞きながら勉強し、タイミングが来たときにそういえばこんなこと聞いたなと、情報を掛け合わせて新しいことを提案しています。

情報源はいろいろです。たとえば社内最年少の20歳のスタッフも大切な情報源ですよ。今どんなツールを使ってるとか何に興味があるとか、友だちが何をやっているとか、そういう話からおもしろいアイデアの元をキャッチできるものです。

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自由な雰囲気のオフィス。スタッフと共に毎日出勤している犬が見送ってくれた。

頭が良くて仕事ができてフレンドリーでコミュニケーション上手。イナモトさんはとても魅力的な方でした。あの魅力は、苦労と経験とそこから得た自信から沸き上がっているのでしょう。すでに成功している方ですが、今回お会いして、改めて成功者とはこういう方だと感じました。

(取材・撮影/安部かすみ)

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